2024年06月02日
おかわりブラ☆モリで久留米のまち歩き。
元新聞記者で元タクシードライバーという謎の経歴を持つモリさんが
まちに潜む江戸時代の痕跡をあぶりだしながら
久留米のまちを案内してくれるまち歩きイベント「ブラ☆モリ」。
もともと、久留米に暮らす人々が、
地元の地域資源を活かして訪れた皆さんをもてなす
「久留米まち旅博覧会」のプログラムなんだけど、
本日、モリさん主催による
「おかわりブラ☆モリ~篠山コース~」が開催されたので、
久しぶりにモリさんとまち歩きして参りました。
※久留米まち旅博覧会
朝9時、市役所横の両替町公園に集合したのは、
朝倉2号を含め6名の皆さん。
っていうか、モリさんが登場する前にもう4人来てるし、
どれだけやる気いっぱいなんでしょw
モリさんからご挨拶、皆さん自己紹介してさっそく出発です。
両替町公園を出たところで、立ち止まってさっそく説明。
この石垣、江戸時代の迎賓館「御使者屋」のものなんです。
言われないとわかんないけど、
江戸時代の痕跡がこんな感じでまちに残ってるんです。
通町筋と柳川往還が交わるところに置かれた高札場のあと。
いまは細い水路になっている久留米城のお堀。
城下町によくあるというクランク状の道路。
モリさんが後ろ歩きをしながら丁寧に説明してくれます。
ころんだりしないかちょっと心配w
面白いのが、タイヤを埋めて補強しているブリヂストン横の法面。
「ゴムのまち久留米」を体現するようなところで、
テレビ番組で案内した武田鉄矢さんも大喜びだったそうです。
ただね、12年前のまち旅で見たときより草が増えてるとこに、
時の流れを感じましたw
あ、そうそう、JR久留米駅前の35階建てのマンション。
最上階をブリヂストンが接待用に購入したという
久留米の都市伝説があるんだけどそれは間違い。
27階、ブリヂストンの工場が見える北側の部屋を、
工場長の社宅として購入したというのが真実なんだそうです。
都市伝説に困ったブリヂストンが
ほんとのことを広めてくださいって
モリさんに教えてくれたそうですよw
↑ 今日のタイヤ ↓ 12年前のタイヤ
で、やってきました本日の目的地、久留米城跡。
ほんとは両替町公園から歩いて20分ほどの距離なんだけど、
すぐ近くまできても「あ、こっちです」ってなかなかたどりつかず、
1時間半ほどかかってました。
モリさんによると「それがブラ☆モリ」なんだそうですw
久留米城跡ではまず石垣の説明。
「こちらとあちらでは積み方が違います。」
「筑後川に面した北側はお金がなくて石垣をあきらめましたw」
「あそこにあるのは場内にふった雨水を抜く穴で、
地中に樋が埋まっているそうです」
さすがモリさん、いろいろ出てきます。
高さ20メートルほどある石垣の上にのぼると
ゆったりと流れる筑後川、その向こうに広がるまちも見渡せます。
いまは久留米城跡のすぐ北側を流れる筑後川ですが、
以前は宮ノ陣あたりから北に蛇行し、
小森野町をぐるりとまわっており、
それを洪水回避のため真っ直ぐな流れを開削したんだとか。
先人の努力のおかげでいまの久留米があるんですね。
城内の深い井戸を覗いたら、ちょっと休憩。
モリさんから、とらやの柏餅がふるまわれました。
ブラ☆モリの美味しいお菓子、いつも楽しみにしてますw
※和菓子処とらや(久留米市京町)
おやつを食べたら、まち歩きを再開。
久留米城内にある有馬記念館で久留米の歴史を学んだら、
やっぱり後ろ向きに歩くモリさんからも
競馬の「有馬記念」と久留米藩主有馬家の関係を学びます。
モリさん、さすが元新聞記者だけあって深いです。
さらに、ブリヂストンの石橋正二郎さんが、
久留米市の発展に貢献している件を紹介。
市内の学校にプールを寄贈したこと。
九州医学専門学校、現在の久留米大学の土地と本館を寄贈したこと。
JR久留米駅と久留米大学を結ぶブリヂストン通りを寄贈したこと。
いまは当たり前にあるものが石橋さんのお陰だったとは。
スケールが大きすぎて驚きしかありません。
さいごに案内してもらったのは、
篠山小学校に移築された旧三島家長屋門。
城内に入ったところにあった久留米藩士の家の門です。
この長屋門があるあたりは、幕末に尊王攘夷派藩士24名に、
藩参政で佐幕派の不破美作が暗殺されるという
大きな事件が起こった場所でもあるんだとか。
というわけで、久留米市役所に戻ってまいりました。
両替町公園を出発してから3時間半、
「いつもより丁寧に説明しました。」ということで、
いつもよりちょっとだけ長かったそうです。
でも朝倉2号は楽しかったのでノープロブレム。
参加者の皆さんも参加してよかったとおっしゃってましたよ。
モリさんのまち歩きイベント「ブラ☆モリ」、
次回は涼しくなる10月ごろを考えておられるんだとか。
皆さんお楽しみに~。
なお、久留米のまちとその歴史を知りたい方は、
次のサイトが超詳しいです。
ぜひご一読を。
※樋口法律事務所「歴史散歩」
<6月3日追記>
モリさんとのまち歩きのなか、
久留米城内で気になるものを見つけました。
それがコレ。
壁に丸い瓦と板状の瓦が埋め込まれています。
しかも丸い瓦は旧三島家長屋門の瓦によく似てるじゃないですか。
もしかして久留米城で使われていたものではないかと思い、
そちら方面に超詳しい知り合いに確認してもらったところ、
次のようなお返事が。
・ 瓦は軒丸瓦と平瓦で、江戸時代~明治時代のもの。
・ 軒丸瓦の三つ巴紋は有馬家の家紋ではあるものの、
寺院や民家にも使用される一般的なもの。
・ 明治になって久留米城の建物が解体され、
いくつかの神社が建てられた。
瓦は再利用しやすいので、
お城で使用されていた瓦が神社で使用され、
さらに有馬記念館で再利用されることは十分考えられる。
そう、朝倉2号が見つけたこの瓦は、
昭和35年に有馬記念館が開館した際、
壁に埋め込まれていたものなんです。
その壁があるのは・・・、男子トイレw
男子トイレのドアを開けると、
そこに瓦が埋め込まれた壁が出現するんです~。
知り合いの専門家がおっしゃるとおり、
この瓦がお城で使われていたものという証拠はありませんが、
「もしかしたら」って想像をかきたてられるじゃないですか。
というわけで、久留米城跡にまたひとつ、
歴史ロマンを感じることができるポイントが増えました。
皆さん、久留米城跡に行くことがあったら、
ぜひ確認してみてくださいね。
なお、壁は男子トイレのドアを開けたらすぐのところなので、
なかに入らなければ女性でも見ることができますよw
Posted by 朝倉2号 at 12:30│Comments(0)
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